西浦竹彦
はじめに

このたび大阪精神障害者就労支援ネットワーク(JSN)の理事長に就任いたしました、西浦です。この場を借りまして皆様にご挨拶をさせて頂きます。私は精神科医として、さまざまなご病気や障害をお持ちの患者さんの治療を仕事としています。精神疾患や障害をもちながら社会参加を目指す当事者の方にとって、働くことは回復における重要なプロセスの一つであり、就労することによって生活を安定させるだけでなく、社会の中に自身の居場所を持ち、さまざまな人とのつながりを持ち、自身の役割や力に自信を持つことができます。
一方で、病気や障害と付き合いながら仕事を続けるということは、その人それぞれに違う苦労があり、自分の力だけでは働き続けることが難しいという場面も多く経験します。そのためにも、仕事に就く・働き続けることに対して適切なお手伝いができる支援者の役割が重要であると考えていて、JSNはそのための活動に約14年間取り組んできました。これからもJSNが皆さんのお力になれるよう、職員一同とともに頑張っていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します。
JSNの歩み
精神疾患・障害をもちながらも働きたいと望む人を支えるために、JSNは2007年に設立されました。そして初代理事長の田川精二先生を中心に「支援があれば働ける」というスローガンを掲げて一人一人に丁寧に個別にかかわっていくJSN独自の支援スタイルを作り上げ、これまでに500名を超える就職実績を積み重ねてきました。
現在までに門真、茨木、新大阪そして東京に計5か所の就労移行支援事業所を運営しています。それらを拠点に就労に向けた訓練や企業実習を通じて当事者の就職を支援し、また就職後もジョブコーチ支援と就労定着支援を行い、働き続けるための支援を行っています。他にもA型事業所による就労の場の提供や、学生支援、発達障害者支援、企業に対する支援など幅広く活躍の場を広げています。JSNに一貫しているのは「就職がゴールではなく、その人の人生を応援し続ける」という考え方で、就職したら終わりという就労支援とは一線を画しています。そのために丁寧で継続的な個別対応を実践しており、担当者がこまめに面談を行い、訓練期間から就職活動、そして就労してからの長きにわたって、困った時にすぐ相談できる体制を作り上げています。その結果、就職した利用者の就労継続率は、就職1年後のデータで98%、10年以上の人を含む全体でも70%となっています。
今こそ、大切にすべきこと
新型コロナ感染症の世界的な蔓延による社会・経済情勢の変化は、JSNの活動にも大きく影響しています。感染症そのものに対する不安だけでなく、感染防止のために「3密を防ぐ」「ソーシャルディスタンスを守る」ことを心がけるため対人支援に様々な制約が生まれ、また外出自粛を呼びかけられる中で社会への忌避感を強めるという状況は、就労を支援し当事者を社会につなぐ役割をしなければならない私たちにとって、間違いなく逆境でした。更にJSNが支援の対象とする精神障害や発達障害をもつ当事者の人たちにとって、こうした社会のありようが病状の悪化につながり、また社会参加への意欲を大きく下げることになっている可能性もあるでしょう。
しかしこのような困難な状況にあるからこそ、それでも「働きたい」「社会に出たい」と希望する当事者の一人一人は、これまで以上に強い思いをお持ちのはずです。JSNはそのことを忘れず、これまで積み重ねてきた支援の経験をより多くの皆さんに役立てたいと考えます。
JSNの課題と未来志向
最後に、現在のJSNが直面する課題についても触れておきたいと思います。まず、医療機関との連携でたしかな支援を提供するというJSNの就労支援のスタイルが生かされているかどうか。JSNは公益社団法人大阪精神科診療所協会(略称・大精診)の理事の先生方を中心として設立され、様々なバックアップを受けて活動してきました。多くの利用者にJSNを活用してもらうためには、こうした診療所の先生方からのご紹介や支援に対するご意見を頂くことが重要です。そこで、もっとJSNの活動を先生方に知ってもらうための工夫や働きかけを行いたいと思います。
二つ目に、就労支援機関として選ばれるための工夫をしているかどうか。JSNの発足以来、同じ就労移行支援事業や、A型・B型の事業所や生活介護など、通所型の事業所は目を見張る増加を見せています。奇しくも、JSNの活躍が、同じようなライバル事業所を生み出すきっかけになったという皮肉な側面もあると思われます。支援の質を保ち、それでも敷居の低い事業所であるか、訪れてくれた利用者・見学者や外部の支援者にとって、丁寧な対応ができているか、常に点検して参ります。
三つ目として、14年を数えるJSNの歴史の中、組織としての金属疲労が起こっていないか。すでに多くの職員がJSNの中でキャリアを積み、様々な部門で職員として、リーダーとして活躍しています。新しい職員が現場で働きながら学びを得られる環境は整っているか。中堅以上の職員は後輩を育てながら、自らの成長を検証しつつ働くことができているか。各部門のリーダーとなる職員は法人の理念に沿いながらも自分たちの新しい考え方や方法論を活かし、現場が風通しのよい働きやすい場所になるよう尽力できているか。こうした様々な層における「新しい組織への運動」が、JSNという法人をさらに強く、しなやかなものへと作り替えていきます。絶えず考え、話し合い、行動することを繰り返し、このことを実現したいと考えます。
このたび、JSNは新たな体制となり走り始めました。今までの経験を活かしつつ、さらに新しい価値を生み出していけるよう、皆で取り組んで参ります。