突撃!所長金塚 厚生労働省 福岡労働局 局長 小野寺 徳子さん

突撃!所長金塚 厚生労働省 福岡労働局 局長 小野寺 徳子さん

2019年7月より厚生労働省職業安定局の障害者雇用対策課課長を4年間務めた後、昨年7月に現職に就任された小野寺さん。課長時代は「障害者の戦力化」を見据え、さまざまな施策に携わってこられました。小野寺さんの情熱と実行力がなければ、実現しなかったであろう施策の数々。就労支援に携わる私たちにとって、そのインパクトと影響力は多大かつ偉大です。
いま、課長時代に蒔いた種は「福岡モデル」となって芽吹き始めているようです。金塚統括施設長、渾身の突撃インタビューをお届けします。

障害者雇用に関わる仕事を
最初から志していた

障害者雇用に関わる仕事を最初から志していた

金塚:昨年7月に現職に就任するまでは、障害者雇用対策課課長を4年間務めておられました。小野寺さんが障害者雇用に関心を持ち始めたのは、いつ頃、どのようなきっかけがあったのでしょうか?

小野寺:私は自営業の家庭に生まれ育ち、小さい頃からさまざまなお客さんが出入りする環境にいました。中には「どう対応したらいいのかな?」と戸惑う子どもたちが親御さんと一緒に来ることもあったのですが、母親は何の隔たりもなく接し、可愛がっていました。だから私自身も障害があるとかないとかを、気にしたことがありませんでした。

金塚:進路を考える際にも、そういった経験は影響しましたか?

小野寺:人が好きで人に対して興味があったので、大学では心理学を学びました。母親からはずっと、「普通の頭と体があるのだから、人や世の中に役に立つ生き方を」と言われていました。自分でも「人のために何できるか」と常に考えており、大学時代は親御さんが作った療育の場でボランティアをしていました。

金塚:公務員を志したのもその頃ですか?

小野寺:「人のために」と元々は公務員を志望していましたが、卒業時点でちょうどボランティアの会が初めて指導員を募集したので、1年間そこで働きました。小学校入学前までのお子さんが通う会だったので、最初は親御さんの「障害受容」を支えます。が、その後は「将来うちの子は自立できるんだろうか」と心配されます。指導員では、子どもたちの自立まで面倒をみることができません。ならば社会の枠組み作りをやろうと考え、翌年、国家公務員試験Ⅰ種を受け、1990年に旧労働省に入省しました。

金塚:最初から障害者雇用に関わるお仕事を志しておられた、と。

小野寺:面接の時にもそう伝えましたが、入省以来、障害者雇用に携わる機会がありませんでした。そんな中、たまたま自分の息子も障害を持って生まれた。子育ての中で学校教育や自治体の制度利用を通じて、親として試行錯誤してきました。そしてついに、本省で障害対策課課長になる機会を得ました。

金塚:その時は嬉しかったでしょう。

小野寺:嬉しかったですよ!
ちょうど、雇用施策と福祉施策の連携について検討を進める局面でした。当事者ではなく、親や先生など関係者の思い込みや諦めで、特別支援学校卒業時に能力に合った挑戦ができていない例がある。また一方で、私自身がそうだったのですが、子どもの力を過信して失敗している例もある。当事者の現状をしっかりと評価し、ご本人を含めて関係者と共有し、支援することが必要だという実感をその議論の中でも伝えました。

金塚:親としての経験も生きています。

小野寺:ただ私は、自分の子どもが障害者じゃなかったとしても、やりたかった仕事なので、同様に全力で取り組んでいたと思います。公私の課題が自然につながったということですね。

一歩踏み込んだ提案で
経営者のマインドチェンジを

一歩踏み込んだ提案で経営者のマインドチェンジを

金塚:福岡労働局局長に就任されて約1年。現在のお仕事内容について教えて下さい。

小野寺:就任して以来、一番のテーマは「持続的な賃上げ」の実現です。「成長と分配の好循環」の実現に向けて、賃金引き上げがここ数年おこなわれてきました。しかし、急激な物価上昇等を背景に、物価の上昇を上回る所得の実現、特に小規模事業所にも賃上げの裾野を広げていくためには、労務費を含めた価格転嫁をしっかり進めていく必要があります。

金塚:そうしなければ、「成長と分配の好循環」を生み出せないと。

小野寺:事業所がいかに労働生産性・収益性を上げ、賃金の原資を確保できるか。加えて、必要な人材を確保するための「働き方改革」をどう実現するか。私たちはその環境整備をお手伝いする必要があります。具体的には、さまざまな事業所が賃金を上げるために取り組んだ際に助成金を出したり、賃上げや「働き方改革」の実現に向けてコンサルティングをおこなっています。

金塚:もう少し詳しく教えて下さい。

小野寺:「働き方改革推進支援センター」(福岡労働局委託)にて、労務管理の専門家が相談支援をおこなっています。また、私たちだけでは担えない企業の売上拡大など、企業自体が力強さを増していくために経営コンサル的な視点で支援をおこなう、「よろず相談拠点」を中小企業庁が設けています。

金塚:ダブルの取り組みで企業を支えていると。

小野寺:この4月からは九州経済産業局長に働きかけ、「働き方改革推進支援センター」から「よろず相談拠点」へ月2回、巡回相談に出向き、相談を必要としている企業の皆様に対してのワンストップ支援を創設しました。

金塚:連携の中で共に県内の企業を支えていくわけですね。福岡県の産業の特徴を教えて下さい。

小野寺:全国に比べると、医療・福祉業や卸・小売業の占める割合が高いです。福岡は海の玄関口もあり、インターチェンジや物流拠点が増えてきていることから、運輸業が集積している地域も抱えています。一方で、これらの業種では人手不足が大きな課題になっています。

金塚:他に福岡県に赴任して、感じていることはありますか?

小野寺:「多様な人材の活用」という文脈では、「女性」「外国人」「シニア人材」で止まっており、「障害者」が話題に上がることは少ないように感じます。特に福岡県は外国人留学生が多く、また、女性社長の割合も多く女性活躍に取り組む企業も多い。九州全域から若者が集まってくる土地でもあるため、まだまだ自分たちの条件を譲らず、障害者を人材として考えていない企業が多いように見受けられます。

金塚:今後どのような取り組みを考えておられますか?

小野寺:求人を出しても充足しない企業に対して、ハローワークは求職者の要望等も踏まえた条件緩和指導等をおこなうのですが、例えば品出しの作業や運輸のロジスティクス業務などは、障害者も活躍できる分野です。「この仕事ができる人であれば健常者にこだわらず、障害者雇用をしませんか?」と提案します。

金塚:「この仕事」ができる人であれば、本来は年齢や性別や障害の有無は関係ないことかもしれません。

小野寺:そのように経営者のマインドチェンジをしていかなくてはなりません。今後、急激に日本の労働力は減っていきますが、まだ経営者の方々の実感は薄い。しかしこれからは人を組織や企業に合わせるのではなく、人に合わせて職場環境を調整し、その人の最大限の力を引き出すための雇用管理をする必要があります。

雇用率制度から卒業
「福岡モデル」で人材確保

雇用率制度から卒業「福岡モデル」で人材確保

金塚:企業側が人材に寄り添っていく必要があります。

小野寺:そういったマインドチェンジを促すためには「障害者雇用」は最も良い題材になりますが、企業に対する支援は、ハローワークだけでは十分におこないきれません。そこで障害者雇用対策課時代におこなった法改正で、今年度から民間の力も借りて本質的な障害者雇用を実現させるための新しい助成金制度を創設しています。

金塚:「障害者雇用相談援助助成金」ですね。

小野寺:特に中小零細企業が障害者雇用に取り組む際には、個々の多様な課題に対して伴走型の支援することが必要です。そこで民間の力も借りて地域の中で一緒になって取り組んでいきましょう、と創設した助成金制度です。

金塚:画期的な制度です。

小野寺:例えば民間で、障害者に特化した相談支援をおこなっている事業者やジョブコーチ支援を手がけているNPO法人や特例子会社など、「これから障害者雇用を行う他社に対してアドバイスできる能力がある法人」を、労働局長があらかじめ認定します。認定を受けた法人はハローワークの雇用指導と一体となって、雇用の実現と定着に向けて伴走しながら支援します。

金塚:私たち【JSN】も先日、事業者認定を受けました。伴走しながら支援をおこなった民間法人に対して、助成金が出るということですね。

小野寺:はい。「質」に拘った障害者雇用の「はじめの一歩」をお手伝いするための助成金制度ですが、助成金制度創設の際の主眼は雇用率達成に向けた支援ということでした。ただ、私が「福岡モデル」として実現したいのは、「雇用率制度から卒業しましょう」ということです。

金塚:と、言うのは?

小野寺:雇用率達成ではなく、人材確保なんです。目の前の人手不足を克服していかないといけません。

金塚:「福岡モデル」について、詳しく教えて下さい。

小野寺:先ほどお伝えしたように、これから労働人口がどんどん減っていく中で、人材確保と企業の成長を実現していくには、多様な人材を戦力化することが必要です。そのために企業の意識を変え、新しい枠組みを作っていかなくてはなりません。鍵は「人」を中心に置いた「環境調整」と「エンパワメント」であり、これを障害者の戦力化を通じて実現しようというのが「福岡モデル」です。まずは、ハローワーク福岡東において取り組みを始めます。

金塚:なぜハローワーク福岡東で?

小野寺:運輸・ロジスティクス、卸売小売業が集積している土地柄、というのが一つの理由です。運輸業や卸売小売業の業務には、障害者が活躍できる領域が多々あります。

金塚:「人材の確保」「求人の充足」に対して、具体的にはどのように動いておられますか?

小野寺:運輸・ロジスティクス、卸売小売業に重点を絞り、この2業種から出てきた求人に対し、ハローワーク職員がそれぞれの担当企業を決め、人事部と一体となって人材の確保に務めます。加えて、求人充足を推進する際、業務内容によっては積極的に障害者雇用を提案します。

金塚:先ほど「この2業種と障害者の仕事は親和性がある」というようなお話もありました。

小野寺:全国のハローワークでも、従前から求人充足を図る際に障害者にできる業務については、障害者雇用を提案し、雇用の実現につながっている事例は多々ありました。しかしハローワーク福岡東では、求人充足において、積極的に障害者雇用をシステマティックに組み込んでいきます。加えて、地域においてすでに障害者を戦力化し成果を上げている企業等を「障害者戦力化先進企業」として「福岡モデル」に参画してもらい、官民一体となって推進の枠組み作りをしています。これは全国でも初めてのことです。

金塚:実際に「障害者雇用を」と企業に呼びかけた時、最初はどんな反応が返ってきますか?

小野寺:一般的には「障害者にうちの仕事ができるとは思えない」という答えが多いです。また、障害者というとかなりの重度の障害者を想定しておられます。そこで、実際に障害者が戦力となって働いている企業(障害者戦力化先進企業)を見学に行ってもらう。結果「では当社もやってみようか」となれば、認定を受けた相談援助事業者が伴走して支援をおこない、雇用の実現につなげます。

金塚:見学に行ってもらう企業と、相談援助事業者は同じケースもありますよね?

小野寺:ほぼ一致しています。見学後に引き続き支援に入ってもらうので、スムーズです。単に見学に行くだけでも相当刺激を受けると思います。

金塚:見学すらひるんでしまう企業に対しては、どうアプローチしますか?

小野寺:福祉との連携を考えています。メインストリームではないのですが、すぐに雇用は困難という企業には、例えば「倉庫内仕分け作業」に対して、施設外就労を提案し、福岡県の共同受注窓口から県内の福祉事業所に対して受け手を募る。福祉事業所と企業とのつながりも生まれ、福祉事業所における企業理解も進みます。

障害者が戦力になるために
今がまさに正念場

障害者が戦力になるために今がまさに正念場

金塚:障害者雇用対策課課長を務めておられた前職時代に実現できたこと、できなかったこと。印象に残っていることはありますか?

小野寺:できたこと、なんてほとんどありません。ただ、目指したのは「雇用の質の向上」であり、「雇用率ではなく、障害者を企業の中で無くてはならない存在にしていく」こと。障害者雇用を「コスト」ではなく、企業にとっての「投資」「経営戦略」とすることです。互いに認め合える関係。それこそが共生社会につながると思うのです。そのためには「障害のある方でも特性を生かして戦力になる」ということ。試行錯誤もありますが、その結果、戦力化を実現できれば、企業は「雇用率達成」のためではなく、「人材確保」としてその後も自律的に障害者雇用を進めていきます。「戦力化」までのプロセスに伴走者がいれば、障害者雇用への取り組みはハードルが下がりますので、先ほどご紹介したような助成金制度を作り、最初の一歩を踏み出してもらう。相談援助助成金が実効を上げることで、ようやく本質的な障害者雇用の裾野が広がっていくと思います。これからだな、と。

金塚:小野寺さんが課長時代に取り組んできたことが今後、成果として表れてくると思います。

小野寺:あとは「もにす認定制度(障害者雇用に関する優良な中小事業主に対する認定制度」)」をもっと広げたかったんですよね。中小企業を対象としてスタートしましたが、ある程度、制度が成熟していったら、雇用義務のある企業すべてを対象として、「数」ではなく、「取り組みの質を指標化する」ことができたらと考えていました。ESG投資の対象の一つに、障害者雇用を含めたかった。つまり、障害者雇用が社会貢献にとどまらず、企業の成長に寄与するということを、社会的に広めていきたかった。

金塚:そこまで考えておられたのですね・・・

小野寺:あともう一つは、雇用率制度における手帳主義に、個々の就労困難性で評価する仕組みを加える方向性を出したかった。環境との相互作用で困難性を捉える、社会モデルに近づけるような考え方です。障害者職業センターでおこなっている知的障害の重度判定に近い対応です。例えば、グレーゾーンの人が手帳をわざわざ取得しなくても、個別に就労困難性を評価し、一定の雇用率上の評価をするというものですが、運用上はとても難しく、財源論も含め相当議論を深めなければなりません。障害者総合支援法の改正で創設される「就労選択支援」が実効あるものとなれば、「働く上での困難性の評価」も含め色々な可能性が広がると思いますので、地域関係者でしっかりと取り組んで欲しいと思います。

金塚:雇用率制度からの卒業。そして、手帳主義からの脱却。まさに小野寺さんが課長時代に意志を持って取り組んでこられたことです。

小野寺:雇用率制度からの卒業に関して、私は今がまさに正念場だと思っています。とにかく人手を確保しなくてはいけない局面に入ってきている。今こそ「障害者が人手不足の解決策になる」「戦力になる」ということを、世間にきちんと認識してもらう好機です。「環境調整」と「エンパワメント」により障害者を戦力化し、人手不足を解決するという「福岡モデル」を通じて生まれた事例等は、効果のエビデンスを含めて広く公表していこうと思っています。

金塚:なるほど。

小野寺:そして「障害者雇用」は結果的には障害者のみならず、あらゆる社員一人ひとりの能力を引き出せる組織づくりに大きく寄与し、人的資源の有効活用が図られるノウハウが組織内に蓄積していくということ。さらに、労働供給制約下における人材確保と、その鍵となる人的資本経営の実現に寄与するものであることを、多くの企業の皆さんと共有していきたいです。

福岡労働局

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