突撃!所長金塚 医療法人 悠仁会 稲田クリニック 院長 公益社団法人 大阪精神科診療所協会 会長 稲田 泰之 先生

  

【JSN】の「生みの親」とも言える大阪精神科診療所協会。
1970年の発足以来、大阪府下の多数の診療所が参加し、横のつながりを通じて最善の医療を提供すべく、尽力しておられます。
会長を務める稲田先生は、パニック症などの不安症、うつ病などの気分障害の専門医として、2005年に高槻市にクリニックを開院。現在は北浜の分院とを行き来しながら、診察だけでなく講演や執筆と、多方面でご活躍をされています。

今回ばかりは少々、緊張の面持ちでインタビューに臨んだ所長金塚でしたが、先生の柔らかな雰囲気と丁寧でわかりやすいお話に、すっかり魅了されてリラックス。
【JSN】の日々の支援におけるヒントも、たくさん教えて頂きました。

  

ネットワークを通じて
最善の医療を提供

金塚:この6月に大阪精神科診療所協会(以下:大精診)の会長に就任されました。

稲田:患者さんに対してより良い医療を提供するため、診療技術を上げ、ネットワークを通じて最善の治療をおこなうことが我々の役割です。
診療所・病院同士のみならず、府や市との協力体制をしっかりと築いていく所存です。

金塚:行政と大精診との間では、どのような取り組みがおこなわれていますか?

稲田:大阪市からの委託事業としては「おおさか精神科救急ダイヤル」を通して都島区の救急診療所にて夜間・休日の受診ができる体制を整えています。
大阪府からは「措置入院にかかる一次診察」の委託を受けています。

金塚:それは大精診の会員である先生方が、当番制でおこなっているのですか?

稲田:はい。
市の事業はかなり前から(H17年9月から大阪市内の会員診療所の輪番体制により開始し、H20年7月より現体制)おこなっています。
府の事業はこの8月から始まりました。
保健センターで待機し、精神症状における緊急の事案が発生した場合は、府の職員と共に警察署などに出向き、保護された方を診察します。
その後、二次病院へ同行するという形です。

金塚:他に大精診として、どのような取り組みをされていますか?

稲田:啓発事業として市民講演会などを各市でおこなっています。
それぞれの地域のニーズに合わせて、例えば「発達障害」「児童思春期」「職場のメンタルヘルス」など、テーマもさまざまです。
その他、自殺対策への取り組みや、大阪府と協力して妊産婦のメンタルケアへの啓発もおこなっています。
「妊産婦へは精神科の薬は使えない」と考えておられる先生方もおられます。
安全な薬を継続した上で、妊娠出産に臨んだほうがよいケースもあるため、正しい知識を広めるための勉強会などを開催しています。

金塚:それは医師向けの勉強会ということですか?

稲田:はい。特に開業すると外に出て行く機会が減るため、知識がアップデートされにくくなります。
大精診の会員に対しては、こういった研修の機会が数多くあります。

金塚:精神科を舞台としたドラマが放映されたこともあり、精神疾患に対して一般の方からの関心も高まっているように感じます。

稲田:正しい情報を伝えていくことが、私たちの役目です。
先日は「こころの健康なんでも相談」というイベントを、ディアモール大阪でおこないました。
複数のブースを設置し、会員の精神科医が通りすがりの方々の相談に乗りました。

金塚:予約不要かつ無料の相談会で、多くの方が立ち寄られたと聞いています。

稲田:はい。推計来場者数は570名で、その場で50名以上の方が実際に相談をしていかれました。

金塚: 現在、大精診には何名の医師が会員として所属されていますか?

稲田:301名です。
私の会長としての任期は2026年5月までの2年間です。
その間、精一杯、尽力する所存です。前会長である堤先生は12年間、会長を務められました。

不安症・気分障害を専門に
精神科医として「命を守る」

不安症・気分障害を専門に精神科医として「命を守る」

金塚:堤先生は【JSN】の理事でもあります。
【JSN】は大精診の先生方が中心となって設立した法人ですので、大精診は私たちにとって親のような存在です。
稲田先生ご自身は、どのような経緯で開院されましたか?

稲田:私は元々、高槻の医大に勤務しておりました。
その延長として、この地に開業しました。
大学病院だと患者さんの数が多く、一人ひとりへの診察時間が多く取れません。
また、私の専門分野はとパニック症などの不安症と気分障害なのですが、これらの疾患の方は「軽症の方が診察に来づらい」という面があります。
そのため、開業してからは忙しくても新患の方を断らないように努めています。

金塚:先生が精神科医を志したきっかけは?

稲田:8歳上の兄が精神科医だったこともあり、精神科に関しては身近に感じていました。
それで抵抗なくこの道に入ってこられたのだと思います。
他の科の先生は「命の恩人」に直結する仕事ですが、精神科医は「自死を防ぐ」という点で命を守ることができます。
そういった感謝の言葉を患者さんから頂くと、とても嬉しいです。

金塚:不安症を専門に診るようになった理由は?

稲田:「自死を防ぐ」ためには、軽症のうちから早期に診察できるような取り組みが必要です。
しかし、特にパニック症などの不安症の方に対しては、治療的なアプローチもあまり確立されておらず、治療を受けていることも少ないのが現状です。
私は日本不安症学会で疾患啓発・生涯教育委員を務めており、不安症についての認識を広める活動もおこなっています。

金塚:どのくらいの数の患者さんが来院されていますか?

稲田:一日120名ほどです。
全国から来院されます。
北浜にも分院がありますが、こちらも不安症やパニック症の患者さんを専門に診ています。
オフィス街という土地柄、企業の産業医からの紹介で来られる方が多いですが、最近は近隣にマンションが増えてきていることもあり、近くに住まう患者さんも増えてきています。

金塚:本院のあるここ高槻は、どういった地域性がありますか?

稲田:高槻は医療資源が豊富な町で、単科の精神科病院が三つ、精神科のある総合病院が二つ、診療所も20軒以上あります。
それぞれに専門性が分かれています。
当院が不安症とパニック症、気分障害に特化した診察を続けていられるのも、そういった地域的な背景があります。
例えば、統合失調症や認知症の患者さんが初診で来られた時は、次回からは地域の専門医をご紹介しています。
得意な分野を積極的に診ることで、患者さんはより適切な医療を受けることができます。

金塚:そういった横のつながりが、高槻にはあるのですね。

稲田:はい。当院ではショートケアもリワークプログラムと不安症に特化しています。
特に不安症の認知行動療法プログラムを実施しているクリニックは、他にあまりないと思います。

復職支援連携室を設け
患者さんと企業をサポート

復職支援連携室を設け患者さんと企業をサポート

金塚:少し話が逸れるのですが、今、福祉の分野でもリワーク支援をおこなっている就労移行支援事業所が増えてきています。
私ども【JSN】も実施しているのですが、医療の立場から見て、リワーク支援に対するアドバイスがあれば教えて頂けるとありがたいです。

稲田:【JSN】さんは医師のアドバイスを受けながら支援をおこなっておられますが、「ちょっと心配だな」という福祉事業所があることも事実です。
実は医療のリワークよりも、福祉のほうが報酬単価が高いんです。

金塚:私は今年度、障害者総合福祉推進事業でワーキンググループのメンバーを務めているのですが、実際、その辺は議論になっています。

稲田:当院でもリワークは赤字事業なんですよ。
それでも患者さんのために続けています。
当院のリワークは厳しいですよ(笑)。
「DVDを見といてね」とか「セミナーを沢山受けることができて楽しい」とかは一切ありません。
患者さんを囲い込むためにやっているわけではなく、職場に復帰してもらうことが目的ですから、期間も決めずにしっかりおこなっています。

金塚:「働きたい」「復職したい」と希望する患者さんへのアプローチにおいて、気を付けておられることはありますか?

稲田:休職や退職をされる方の中には、「職場が合わない」とおっしゃる適応障害の方が多くおられます。
そういった適応障害の方は実は双極リスクが高く、職場不適応の背景には躁状態による自尊心の肥大を抱えているケースがあります。
そのため、まずは診断の見直しも丁寧におこないます。

金塚:なるほど。

稲田:また、「こういう方向性で復職を果たしたい」など、ご自身の考えだけで進めようとする方に対しては、使用者側の考えをしっかりと伝えた上で、時に道徳の授業のような再教育をおこなうこともあります。

金塚:そこが先ほどおっしゃった「リワークは楽しいものではない」という部分ですね。
認知の再構成というか、ご本人の考え方を変えていくということは、なかなか難しいことだと想像します。
特にその考え方で一定の役職に就かれていた方にとっては、辛い作業かもしれません。

稲田:患者さんだけでなく、企業側にも変わってもらわなくてはならない部分があります。
当クリニックでは「復職支援連携室」というサポート体制を作っています。
保健師、臨床心理士、精神保健福祉士、キャリアコンサルタント等のスタッフ(全員が公認心理師資格も保有)が患者さんと企業の間に入り、報告・相談や連携をおこないます。
一般的には「企業が患者さんに伝え、患者さんが主治医に伝える」という流れが主流です。
しかし、初めて休職する方が復職のルールなどをきちんと理解して主治医に伝えるというのは、難しいことだと思います。
企業側が意図する内容と違う意味で患者さんが捉えてしまう、などのケースが多く見受けられます。
それならば当クリニックのスタッフが間に入り、ネットワークを築いていくほうが有意義だと考えました。

金塚:患者さんと企業、双方にとってありがたい取り組みです。

稲田:企業側から「ここまで回復したら復職していいですよ」という目標を、事前に伺った上でリワークに臨みます。

金塚:あらかじめ目標を事前に共有する、と。

稲田:産業医や人事・労務の担当者にリワークの進捗をしっかりと報告し、話し合った上で復職します。

患者さんを抱え込むことで
不幸にしてしまう

患者さんを抱え込むことで不幸にしてしまう

金塚:初めての就職を考える患者さんに対しては、どのような点を意識しておられますか?

稲田:制度を把握し、就労をサポートしてくれる機関にどうやってつなげるか、という点が一番大切です。
患者さんから相談があった時に、すぐに提供できるような資料を準備し、その患者さんとって適切な機関につなげられるよう、常日頃から地域のネットワークを意識しています。

金塚:先ほどのお話の中にあった、「地域の専門医につなげる」という部分にも共通しています。
先生が「地域」や「ネットワーク」を意識するようになったきっかけは?

稲田:自分のクリニックだけで抱え込むと、患者さんを不幸にしてしまいます。
専門知識のあるところで診てもらうのが、患者さんにとって幸せなことだと思います。

金塚:稲田先生から見て、就労継続のポイントはどのような点が上げられますか?

稲田:少し話が逸れるのですが、休職した際に、元の会社に戻ることにこだわる方もおられます。
その背景として、長期に休職できる体制が整っているとか、長期休職中の待遇が良いなど、さまざまな事情があります。
しかし、長期間休んでスキルが落ちてしまう前に、別の会社に再就職してイキイキと働くほうが良いのでは?と思われるケースもあります。
我々としては、スキルを落とさないうちにできるだけ早く、仕事に復帰できるように取り組んでいます。

金塚:元の会社に戻ることだけが、リワークのあるべき姿だと考えている方が多いというのは、私たちも支援の中で実感しています。

稲田:企業側ももう少し、キャリア支援に力を入れて頂きたいです。
しかし、キャリア支援をおこなうことが退職勧奨になってしまう恐れもあります。
その辺りを制度上、整備する必要があります。

金塚:休職後に元の会社に戻る方と、退職される方の割合は、どれくらいなのでしょうか?

稲田:リワークを受けた方が、元の保険に戻っていれば元の会社に戻っていることになりますが、国民健康保険に変わっていたら退職されているということになります。
その辺のデータを出して、リワークの効果を図ることも考えています。

金塚:それはとても興味があります。
職場のメンタルヘルス全般については、どのような課題がありますか?

稲田:「働き方改革」が言われるようになり、労働時間については改善に向かっているように見えます。
一方で、労働者人口が減り、円安で外国人労働者も来ないという状況で成果を出すためには、経営者に労働時間のしわ寄せが来ています。
日本社会全体の問題でもあります。

金塚:そんな中でメンタル不調者を出さないために、クリニックとして取り組んでおられることはありますか?

稲田:当クリニックとは別に、アイクオン株式会社という法人を運営しています。
そこでは産業医として企業に関わったり、健康経営やメンタルヘルス対策をコンサルティングしたりする事業をおこなっています。
制度設計や社内研修、ストレスチェックなどもおこないますが、これらはメンタル不調の予防に直結する取り組みです。

金塚:いつ頃からそういった取り組みをされていますか?

稲田:開業当初の2005年からです。
当時、職場のメンタルヘルスに取り組む精神科医はほとんどいませんでした。

金塚:私たちも支援の中で産業医の先生と連携することがありますが、産業医に精神科医師を配置しておられる企業は少ないです。
産業医の先生との連携の仕方について、何かコツなどはありますか?

稲田:産業医の質を上げる必要があると感じています。
大阪は「関西産研(関西産業健康管理研究協議会)」という産業保健業務を学びあうコミュニティがあり、産業医と精神科医の連携体制が取れています。
年に2回、共同で研修会をおこなうなど、スキルの底上げを図っています。

金塚:たしかに関西と関東ではその辺の温度差を感じることがあります。
最後に【JSN】の取り組みに対して、アドバイスがあれば教えて頂けると嬉しいです。

稲田:学術的な研究もされていますし、理事である精神科医の先生方と連携しながら活動されていることも存じています。
国の委員なども務めておられますし、とてもきっちりと支援をしておられます。
当クリニックも【JSN】さんから「出前講座」をお願いしたことがあります。

金塚:ありがとうございます。
「出前講座」では【JSN】の支援員の方がデイケアの患者さんに対し、「就労」をテーマにお話をさせて頂きました。
今後も大精診の先生方と連携し、一人ひとりの利用者さんの人生を見据えた支援をおこなって参ります。
お力添えの程、どうぞよろしくお願いいたします。

医療法人 悠仁会 稲田クリニック
大阪府高槻市城北町2-6-5 福本ビル4F
072-662-6633
https://www.inada-clinic.com/

公益社団法人 大阪精神科診療所協会
https://daiseishin.org/