人 ~障害者支援の先達に聞く~ 鈴木 修さん

特定非営利活動法人くらしえん・しごとえん代表理事鈴木 修(すずき おさむ)さん
広報誌 「熱人」51号掲載(2022年12月発行)

ジョブコーチ支援とジョブコーチ養成研修を柱に、2006年に設立された「くらしえん・しごとえん」さん。’11年からは浜松市の雇用推進事業を受託し、雇用の拡大や新規雇用に取り組む企業に対してのサポートをおこなうほか、個別にコンサルティング契約を結んでの企業支援も実施されています。
ジョブコーチ支援を専門とする法人は全国的にもめずらしく、代表理事である鈴木さんのポリシーや考え方は、【JSN】が企業支援をおこなう上で大きな学びとなっています。

世界的企業が集まる町で
ジョブコーチ支援・企業コンサルを展開

世界的企業が集まる町でジョブコーチ支援・企業コンサルを展開

-法人の業務内容を教えて下さい。

ジョブコーチ支援とジョブコーチ養成研修に加え、浜松市から障害者雇用促進事業を受託しています。また、障害者雇用全般についての助言や、極めて個別の課題を抱えている企業とは、個々に委託契約を結んで定着支援(コンサルティング業務)をおこなっています。その他、僕が講師に呼ばれて講演をおこなうこともあります。

-ジョブコーチは何名おられますか?

4名です。’21年は一人当たりが5,5件を担当し、全体で22件でした。支援対象者は知的障害者と精神障害者が半々。身体障害者の方は1%ほどです。

-浜松市の雇用推進事業とは?

’11年に「障害者雇用アドバイス事業」としてスタートしました。当初より障害者個人からの相談ではなく、障害者雇用に取り組む企業からの相談に応じていました。現在は雇用企業のみならず、特別支援学校や就労移行支援事業所、医療機関からの相談にも乗っています。その中で支援機関と一緒に、働いている当事者にアドバイスをしたり、これから働く方々の職業評価などをおこなうこともあります。

-コンサルティング業務は何社と契約されていますか?

現在7社です。昔に比べると増えてきており、収入の31%を占めています。月に一度、企業に伺って雇用管理の相談に乗り、アドバイスをおこなっています。

-いつ頃からスタートされましたか?

‘12年からです。当時から企業の障害者の雇用管理に関するコンサルティングをおこなう会社はあったのですが、「なんとなく考え方のベースが違うな」と感じていました。具体的には、「いつまでも僕らが支援するのではなく、最後は企業が責任を持って雇用管理を担えるようになる」ということを、目標にしています。会計士や社労士に時折相談するように、障害者の社員に対する教育や雇用管理にお金をかけ、企業の責任としてコストを負担していただくのは当然のことだと思います。

-浜松市はどのような産業が多い町なのでしょうか?

静岡県内でも有数のものづくりの町と言われています。自動車やオートバイ、ピアノをはじめとする楽器など、国内のみならず、世界へと広がっています。世界に通用するトップ企業が小さな町に集まっている例は、あまりないと聞いています。元々は製造業の街で、逆に言えば大企業から下請けの子会社まで、ヒエラルキーがしっかりある。「この地域で完結している」とも言えます。

-コンサルティング契約に至るまでの流れは?

最初は訪問型のジョブコーチ支援で関わった企業も、やがて外部の私たちの力ではなく自力で障害者雇用に取り組んでいくようになります。ジョブコーチ支援が不要になった企業であっても、課題がなくなるわけではありません。課題はより個別に、より深く、より本質に迫っていきます。そうした「個別にもっと相談に乗ってもらいたい」と希望する企業には、ボランティアではなく責任を持った存在として、有償でのコンサルティング契約をご提案するという流れです。

-【JSN】もそうですが、支援機関が定着支援をおこなう上で、ジョブコーチが手弁当で卒業した訓練生の企業に入り、支援をおこなうケースは多く見受けられます。

期間が満了した後は、関わっていた支援員であれ企業としては赤の他人。社会的には単なる「お友達」としか呼べない関係です。ジョブコーチだからといって、そのような人を社内に入れて無償で支援をしてもらうというのは、企業の姿勢としてどうかと思います。「うちの会社は企業秘密もたくさんありますが、従業員の“お友達”であれば社内に自由に入ってもらって結構です」と言っているようなものです。を考えていかなくてはなりません。

-企業からはどのようなアドバイスを求められることが多いですか?

企業在籍型のジョブコーチに対して、就業・生活支援センターをはじめとした関係機関との調整や、相談の仕方をアドバイスしたり、従業員向けのセミナーを求められることも多くあります。例えば「配慮とは?差別とは?」や「障がいのある人と一緒に働くということ」といったテーマでお話させていただきました。

ジョブコーチの一言で
人生が変わってしまうかもしれない

ジョブコーチの一言で人生が変わってしまうかもしれない

-仕事をする上での心構えや、大切にしている視点を教えて下さい。

人と接する時に、傲慢になってはいけないということ。ジョブコーチ養成研修の最後には、「たゆまざる自己研鑽」「謙虚であること」「誠実であること」を大切にしてください、と伝えています。ジョブコーチの一言で、当事者の人生が変わってしまうかもしれない。実際、6日間の研修だけでジョブコーチを名乗り、企業に入っていくわけです。自分の判断だけで決める。それがどれだけ怖いことか。

-重みのある仕事です。

僕の原点になっているのは、前職の教員時代に経験した生徒の自死。さらには、卒業生の自死。「良い学校に」とか「良い仕事に」と何もわからずに送り出していた自分がほとほと嫌になりました。もちろん、決して手を抜いていたとは思いませんし、一生懸命でしたが、「生きてりゃいいんだ」と、シンプルに思えた。そして息子が生まれ、生後すぐに大きな手術を受け、息子は生死の境をさまよいました。一般論として「命って大事」と言っていた頃と比べて、経験した後に感じる“重み”はまったく違うものでした。

-鈴木さんがジョブコーチという仕事に出会ったきっかけは?

僕は大学を卒業後20年間、高校の国語の教員をしていました。その後、法人を立ち上げるまでの7年間は専業主夫をしていました。「家族で息子を育てたい」と教師を退職し、息子が小学校に上がる頃までは、同じく教員である妻が働き、僕が息子の通院などに付き添いました。そのうちに特別支援学校の職場開拓員を担う機会があり、ジョブコーチという言葉を初めて耳にしました。

-第一印象は?

何この世界!?というのが正直な印象です。「なんてド素人なんだ!」と、強烈でした(笑)。ちゃんとしたスキルがあるわけでもない、教育を受けたこともない人が、数日間の研修だけで企業に入っていく。「教員より難しい仕事なのに」と思いました。教員は「先生と生徒」という暗黙の契約があり、制度や枠組みの中で活動する。ある意味守られた環境です。しかしジョブコーチは、まったく枠組みのないところに入っていく。これはめちゃくちゃ難しい。

-教員の経験が生きてきそうです。

カウンセリングや面談、いじめや非行・不登校の生徒と接した経験は生かせていると思います。そのうち「ジョブコーチだけの法人を作らなければ」と、3人でスタートしたのが「くらしえん・しごとえん」です。そのうちの一人、水野は今も事務局長として活躍してくれています。

-学校で教えることと、ジョブコーチを育てること。一番の違いは何でしょうか?

学校の先生は「君たち何をしたい?」と生徒に簡単に言います。なぜなら自分自身が「学校の先生になる」という明確なイメージを持って仕事に就いたからです。僕自身、教員の仕事をする上で「したいこと」と「させてもらえること」が一致していました。でも、会社って違うんですよ。「させてもらえること」を優先しなくてはならないのが、会社。そのイメージがまず頭にないと、ジョブコーチという仕事は成り立ちません。そこをまず、伝えています。

-仕事することを支援するための、大前提がそこである。

教育や福祉や医療は、未来を語るじゃないですか。しかし労働とは、それを形づくる場。バラ色の人生を語るのはいいけど、どう具体的に形にしていくか。我々はしんどい思いをしながら仕事に行ってるわけじゃないですか。ジョブコーチ養成研修では、「働くってしんどいだろ」って話をよくします。

-働くことは決して、バラ色ではない。

違う立場になってみないと、見えないことはたくさんあります。自分が働くのと、障害者が働くのでは、一体どこが違うのか。そのイメージや大前提を考えることは、ジョブコーチとしてすごく重要だと考えています。

経済的に自立しているからこそ
本音の支援・連携ができる

経済的に自立しているからこそ本音の支援・連携ができる

-支援をしていく上で、違う考え方の人と連携しなくてはならない場面もあると思います。どのような点に気を付けておられますか?

合わない人とは付き合わない(笑)。僕自身、「独立性」をとても大事にしてきました。なぜ、就労移行支援などの福祉事業や助成金事業に手を出さなかったのかというと、制度が変わると体制を全部変えないと、お金が入ってこない仕組みになるからです。「独立性」を考える上で、経済的自立はすごく重要です。

-なるほど。

同様に、コンサルティング契約も1社だけに依存していたら、その会社が立ち行かなくなった時にこちらも共倒れになってしまいますし、意見が合わなくなった時でも言いたいことがきっちり言えない。先ほどの話に戻りますが、言いたいことが言える、ケンカできる関係というのが、連携の一番の基本だと考えています。

-どこにも依存しない、稀有な存在。

就労移行支援事業所の職員からは、「企業寄りの考え方ですね」と言われたことがあります。雇用現場の話をしているのですから、企業の立場になるのは当たり前です。もっと言えば、福祉サービスを手掛けていないため、障害福祉の情報は一切うちには入ってきません。

-ジョブコーチという仕事の今後について、どのように考えておられますか?

一つの職として自立し、一家の大黒柱として選ばれる仕事になればと考えています。対人支援職として、教員と同じくらいの給与水準に持っていきたい。

-それが鈴木さんの使命のようにも感じます。

助成金という制度の中だけで、ジョブコーチが自立するというのは無理だと僕は思っています。並大抵のことでは実現できませんが、将来的にジョブコーチが国家資格になれば・・・と考えています。ジョブコーチとは通称で、正式には「職場適応援助者」です。当事者が職場に適応していたら、援助はいりません。基本は企業の責任として、自社で雇用管理をしていただく。しかし、障害のある方が働く場面では、まだまだ課題が多い。不適応や不具合は、あって当たり前です。そんな時に呼んでいただくのがジョブコーチ。障害者雇用のプロフェッショナル、士業の一つとして認められれば、助成金だけに依存せずに自立できるのではないか。そうなれるよう、良い人材を育てていきたいです。

-【JSN】も今後、企業支援において金銭面で自立していかなくてはなりません。何かアドバイスをいただければ嬉しいです。

僕は定着支援において、企業に対して「言い切る」ことは非常に大切だと考えています。モヤモヤした状態にしておかない。関係が終わるかもしれないけど、言うべきことは言う。自分たちとして認められないことを飲み込んだまま、ヘラヘラお付き合いすることはしない。それは当事者に対しても同じです。誰かが言わないといけない。言いづらいことを伝える覚悟は、持っておくべきです。

-今後の【JSN】について、どのような点を期待されますか?

【JSN】さんは精神科のドクターたちが就労支援を全面に押し出して設立された支援機関です。設立の経緯やベースとなる考え方を、僕は心からリスペクトしています。だからこそ、いつまでも無償で送り出した当事者を支援し続けるのではなく、手を離していく。具体的に言えば、企業に対するコンサルティングに切り替えていく。「雇用は企業の責任」という観点にシフトしていかないと、当事者の相談相手は、いつまで経っても外部にいる支援員のままです。手弁当で送り出した当事者の支援をおこなっているのであれば、次の段階を考えるべきですし、そのような仕組みに変えていくことを期待しています。

特定非営利活動法人くらしえん・しごとえん
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