突撃!所長金塚 鳥飼総合法律事務所 弁護士小島 健一先生

突撃!所長金塚 鳥飼総合法律事務所 弁護士小島 健一先生
広報誌「熱人」50号掲載(2022年6月発行)

これまで企業を中心にインタビューを続けてきたこのコーナー。
今回は初めて、弁護士の先生に突撃取材を敢行しました。
小島先生の専門分野は、企業の人事労務。障害者雇用からメンタル不調者への対応、パワハラなど深刻な案件まで、コンサルティングによって解決へと導くエキスパートです。
精神疾患や障害特性への知識・理解も幅広く、産業保健の立場や視点も取り入れながら、人事担当者を”二人羽織”でサポートしておられます。

「認知のズレ」自体が
紛争を起こしている

「認知のズレ」自体が紛争を起こしている

金塚:小島先生の具体的なお仕事内容を教えて下さい。

小島:弁護士になって28年経ちます。うち20年余りは、人事労務を中心とした仕事をしてきました。依頼者は基本的に、会社や企業といった使用者側です。一挙手一投足、メールの書き方や書面の作成方法など、企業の担当者が労働者とおこなうやり取りを、後方から支援する業務がメインです。

金塚:弁護士イコール法廷、というイメージでした。

小島:もちろん裁判の時には徹底的に時間をかけて取り組みます。が、むしろ私の仕事は、一般的なイメージよりもコンサルティング業務のほうが多い。労働者の方には私の存在がわからないように、人事担当者などを陰ながらサポートするという仕事です。

金塚:カウンセラーやコーチングに近いですね。

小島:私のクライアントへの支援方法を「二人羽織」と表現された方がおられます。前に出て行って交渉するのではなく、あくまでも当事者(使用者)が相手(労働者)と向き合うことをバックアップする。具体的には、依頼者(使用者)が休職中の職員(労働者)とやり取りする際のメールの書き方や面談の方法、パワハラのクレームに対する対応。そして、裁判への対応。これらを同時並行で手掛けています。カウンセリングをして、コーチングをして、コンサルティングもします。

金塚:幅広い視野と知識が必要です。

小島:労働法は一般的な法律に比べてわかりづらい。ケースバイケースで、ほとんどの問に対してクリアな答えがありません。相手が納得して、穏便に退職に至るなど、二者関係で解決しなくてはいけません。ある意味、裁判官のような中立な視点で、自分たちを客観的に見る必要があります。さらに言えば、相手(労働者)がどういった認知を持って、どういう主観の世界で生きているか。その主観では今起きていることをどう感じて、受け止めているのか。妄想を膨らませ、そこに訴えかけるような言葉を考えなくてはなりません。

金塚:相手の主観に入り込むためのコツは?

小島:自分の認知を前提として、相手の立場を考えたとしても不十分です。発達障害特性や認知の特性、こだわりや偏りを前提として、相手の体の中から世界を見る。憑依するほどに想像力を膨らませないと、本当に相手の立場になって考えたことにはなりません。

金塚:私たちが日々おこなっている、対人援助の考え方ですよね。

小島:「認知のズレ」自体が、紛争を起こしている面もあります。最終的には、「関係性そのものが法」なんです。労使関係とは、「一方的にどちらかが悪人でどちらかが善人」というものではありません。

金塚:企業からはどのような相談が多いのでしょうか?

小島:パワハラ、メンタルヘルス不調、ローパフォーマーや問題行動。この三つはだいたい重なります。具体的には、メンタル不調で仕事ができないケース。また、仕事はできるけど逆に周りの人に強く当たったり、上司の言うことを聞かないなど、「この人と一緒に仕事をしたくない」と、持て余されてしまうケース。そして、「パワハラされた。相手を処分しろ」と強く訴えるけれど、周囲から見ると「それはパワハラとは言えない」というケースが多いです。

発達障害者の苦悩が
コロナ禍で一般化している

発達障害者の苦悩がコロナ禍で一般化している

金塚:特にコロナ禍において、職場ではどのようなことが起こっていますか?

小島:テレワークが増え、常にマスクを着用して人と会話をする。必然的にコミュニケーションの機会が減りました。表情がよく見えない、もしくはウェブ上でしか会えない中で、相手の考えを汲み取るのは非常に難しく、ストレスを感じます。それは発達障害の方が苦労している状況と似ています。発達障害の方は情報の取捨選択がうまくできないために、ワーキングメモリが一瞬にしていっぱいになってしまう。情報処理に時間がかかり、処理されるまで次の情報が入ってこない。変化や脈絡を把握することができず、「空気が読めない」と言われてしまいます。将来予測ができないため、不安が強くなる。また、情報を絞り込むことができず、相手の表情の変化もうまく追えない。こういった「人が何を考えているのかわからない」「この先どうなるのかわからず、不安」という感覚は、まさに今、一般の人が直面している状況と同じです。

金塚:たしかに。

小島:例えばコロナ禍では、仕事が大幅に減ったり、自宅勤務でポツンと一人で仕事をする機会が増えました。実は本当に自分が必要とされている仕事は一部しかなくて、あまりやることがない。今までは考えずに済んでいた「私は何者だろうか?」という身の置き所のなさを感じるようになる。人のこともわからなくなるし、自分のこともわからなくなる。

金塚:まさに発達障害の方が苦労していることと同じです。

小島:逆に発達障害特性の強い方にとっては、コロナ禍で対人ストレスが減り、マイペースで仕事ができるため「良かった」という声も聞きます。何が障害や生きづらさになるのかは、環境によって変わってくるわけです。慣れた環境にいると何事もなくうまくできることが、状況が変わると一気にやりづらくなる。こういったことが、コロナ禍をきっかけに色んなところで起きています。

金塚:依頼者はどのような経路で小島先生にご相談に来られますか?

小島:講演を聴いて下さった方や、産業保健分野の方々、心理士やキャリアコンサルタントの方からご紹介頂くことが多いです。

金塚:先生は横のつながりを大切にされています。どのような足場をお持ちですか?

小島:一つは「産業保健研究会(略称:さんぽ会)」です。20年以上前に順天堂大学の中から始まった研究会で、産業看護師や保健師の方たちを中心に構成されています。彼ら/彼女らは大企業に所属していても、同じ職種が大人数いるわけではないので、一人で仕事をまっとうしています。企業の中でどう貢献していくか。横のつながりの中で共有し、さらには産業医や人事労務を担当する方も参加し、「一緒に議論し研究することで産業保健スタッフを育てていこう」という場です。

金塚:先生の他にも弁護士の方は参加されていますか?

小島:残念ながら弁護士は私一人だけです。社労士の方でさえ、ごく少数。医療や保健の分野はどうしても、「自分の専門分野ではない」と感じてしまうようです。私も医者として治療しているわけではありませんが、精神科医に負けないくらい、精神疾患や障害のアセスメントができなければ仕事になりません。

金塚:だからこそ、先生のところに相談が持ち込まれるのでしょうね。

小島:むしろ「さんぽ会」には、私が障害者雇用のトピックを持ち込んでいます。参加している方々は社内のメンタル不調者への対応はおこなっていても、精神障害者として入社してくる方に関わるケースはほとんどありません。大企業は特例子会社のほうで障害者を雇用しているからです。しかし、近い将来、大企業本体の職場でも精神・発達障害者の雇用は一般的になります。障害者雇用を支援する支援員やジョブコーチの方たちの経験や関わり方は、絶対に人事労務や産業保健の現場に必要な視点です。

金塚:ありがたいことに、私も「さんぽ会」でお話させて頂いたことがあります。

小島:どうしても医者や看護師・保健師だけで関わっていると、「治るか、治らないか」という医療的な視点になってしまう。しかし、企業の人事や管理職、働く当事者からすると、「生活が安定して、職場にうまく馴染むことができ、仕事で貢献できているか」のほうが、病気か否かよりも重要です。弱みや疾病よりも、その人の強みや能力を見つけて引き出す。もっと一人ひとりをちゃんと見る。そのために、障害者雇用の支援者の方たちとの交流を深めてほしいと考えています。

あらゆる関係者が成長する
障害者雇用の効用

あらゆる関係者が成長する障害者雇用の効用

金塚:小島先生が考える障害者雇用の価値とは?

小島:一緒に働く人や管理職、あらゆる関係者が成長するという効用にあると思います。

金塚:多くの企業にこういった価値を見出してほしい。そこまで持っていくのが、私たち支援者の役割。ただ送り出すだけなら誰でもできます。

小島:私は、企業の人事の方たちを、支援対象として活動する人事パーソンです。支援と言うよりも、同志ですよね。組織の人事はどうやって経営に貢献するべきかと考えた時、障害者雇用はやって当たり前だし、やらない理由がない。人材育成やマネジメント能力を高める際に、必須となる機会です。

金塚:お知り合いの中に、障害者雇用に戦略を持って取り組んでいる企業人はおられますか?

小島:金塚さんたちにも馴染みがある特例子会社で、経営に携わっているような方はおそらく、戦略を持って取り組んでおられると思います。ただ、特例子会社と言えども高い意識で取り組んでいる方は一部ですよね。本社からの辞令を受けて仕方なく特例子会社で働いているような方もいます。モチベーションが低く、マネジメント力もないというケースは多々見られます。エースが送り込まれていない、という問題もあるでしょう。一方で、「此処こそが自分の生きる場所だ」と開眼し、すごいパワーで取り組む方もいます。

金塚:ハマる人はハマる。しかし、多くの方は「特例子会社って何?」と思いつつ異動に至っている。

小島:自分の今までの認識やこだわりが変えられない。そのほうがよっぽど、発達障害っぽいのではないかと思います。それゆえに自分を鼓舞できず、存在意義がわからなくなっている。

金塚:改めて、特例子会社の在り方については考えていかなくてはなりません。例えば本社でメンタル不調になって休職する方に向けて、復職プログラムの一つとして、特例子会社で勤務するというのはどうか。実際に提案したこともあるのですが、あまり良い手応えは得られませんでした。

小島:いいですね。変なリワーク支援を受けるよりよっぽどいいじゃないですか。結局何か、良い意味で衝撃を受けるような経験や新しい出会いがなければ、人間は変わりません。

金塚:やる気スイッチって、人や環境だったりしますよね。

小島:障害者雇用を普通の職場でやるべきだ、と私は考えています。そういう意味では、特例子会社という枠組みは、本当は良くない。特定の職場に障害者を集めるのではなく、理想は、各職場にバラバラに配置し、ほとんどの職場に障害者がいるという状況を作りたい。何のためかというと、他の社員を育成するためです。また、業務の効率化やイノベーションのためでもあります。大変だし面倒くさいし軋轢も起きるでしょう。しかし障害者のためというよりも、周りの人を変えるためにそれくらいの荒療治をしなければ、職場は変わりません。

金塚:なるほど。

小島:日本の大企業や安定した中小企業は、人が育つ環境にはないと感じます。研修などで補完しようとしても、何の効果も得られていない。では日本型の長期安定雇用の中で、どうやったら人が育つのか。一つは副業などの「他流試合」です。外との交流を業務や業務外の活動でおこなう。それも自分の延長線上の仲間ではなく、会ったこともない人やまったく話が通じない人とチームを組むような経験をしない限り、常識や固定観念は崩せません。

金塚:私は30年ほど前、障害者の就労支援を始めた頃にある社長から「育つ環境、育てる環境ってわかるか?」と聞かれ、答えらえませんでした。「そんなこともわからんと、就労支援をやっとるんか」と言われました。

小島:「期待される」「役立っているという実感が持てること」ではないでしょうか。私の友人で「居場所と出番」と表現した方がいます。居場所だけでは居心地が悪くなってしまう。本当の意味で人から必要とされ、応えることを繰り返していく。それが教育であり人が育つことであり、自己効力感はそこから養われていくのではないでしょうか。 金塚:居場所と出番。

小島:発達障害特性の強い方は、まさにそこが不足しており、育つ過程で小さな成功体験を得られていない。元々のこだわりの強さはあれど、何よりも経験が不足している。挑戦に踏み出せず、これまでのルールにこだわってしまう。「手を放しても大丈夫だから、跳んでみようよ。ほら、跳べたじゃないか」という経験を積む。そこでケガをしないように、必ず成功するような機会を作っていく。ですから、「育つ環境、育てる環境とは何か?」と問われたら、「役割を持つ。貢献する。人を支える」という場を、一人ひとりに合った形で作ることではないかと思います。

復職のための知恵は
障害者雇用の現場にある

 復職のための知恵は障害者雇用の現場にある

金塚:最後にSPIS(就労定着支援システム)についてお話を伺いたいと思います。先生は当初からSPISに関心を持って下さっています。

小島:SPISを最初に知ったのは、10年近く前でしょうか。産業保健法学研究会(現:日本産業保健法学会)で金塚さんと保坂さん(JSN参与)がお話されたことがきっかけです。「これはすごい!」と思いました。障害者だけでなく、新入社員が会社に馴染むためにも使えるのではないかと。実際に今は新入社員への活用例が出てきていますよね。病気や障害ではなく、職場にまだ馴染めていない方を対象に半年から1年、導入する。メンター制度などを取り入れる企業もありますが、月1回面談する程度では意味がありません。SPISを使って毎日、本人が自分の状態を記入し、ウェブ上でフィードバックをおこなう。病気や障害にとどまらず、本質的に人間に必要なことをSPISがやっていると思いました。

金塚:先生はいろいろなところでSPISの良さを宣伝して下さっています。

小島:職場での関係性を作るだけでなく、管理職のマネジメント能力を上げたり、キャリア支援としても有効です。SPISでの対話というのは、病気や症状のことは一部ですよね。むしろ業務で悩んだことに対する相談や嬉しかったこと、仕事の意義についてなど、キャリア相談的な内容が多い。そこが「いいなぁ、そうだよ~」と思うんですよ(笑)。SPISの良さはいくらでも語れますよ。

金塚:SPISの営業マンです(笑)。

小島:似たようなシステムを他の人事系の会社が開発したことがあったのですが、心身の健康に関する観点が弱く、上滑りしてしまった。つまり、キャリア相談的な内容だけに絞ってしまうと、心と体の不調や違和感などの弱みが出しにくくなる。SPISはもしかすると、障害者雇用の現場で始まったシステムだからこそ、使われたという面があるかもしれません。本人の不安が強く、職場担当者も本人のことを理解したいという思いが強い。

金塚:まさに障害者雇用の良い面が表れた。

小島:障害者雇用は、通常のメンタル不調者が復職する場面に比べて、本人の「働く意欲」や「覚悟の強さ」が期待されます。そこが話題にできる。通常のメンタル不調者で、働くことに対する意識が弱く、職場で孤立しているケースでは、復職の際の本人の覚悟が弱い。職場に戻った後のやる気を、休職中にどうやって作るか。そこが復職支援の最大の課題なんです。

金塚:モチベーションがない人を復職させるのは難しい。

小島:障害者雇用では「働きたい」という本人の思いがあり、さらに支援者もバックに付いていることが多い。こんなやりやすい状態はありません。障害による困難度は高いとしても、大いにやりがいがある。メンタル不調者の復職を何とかするための知恵も、障害者雇用の現場にあるはずです。そこでの経験やノウハウは、通常の産業医や人事担当者の力になります。なおかつ、職場に障害者雇用の方がいれば、メンタル不調で孤立している社員の最大のお手本になります。極論を言えば、「自分より障害や病気の程度が重い人が、こんなにやる気を持って頑張っているのに、自分は甘ったれていていいのか」と、恥ずかしくなるわけです。口に出して言わなくても、自ずと学ぶ空気ができてくる。そういう意味でも、障害者雇用はすべての職場で取り組むべきです。

金塚:ありがとうございます。何だか研修を聴いているような気持ちの1時間でした。

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