新旧!統括施設長対談 統括施設長 茂木 省太 VS 事務局長 金塚 たかし
2025年4月、これまで【JSN東京】の所長を務めていた茂木が、統括施設長に就任しました。同時に、それまで約15年間、統括施設長を務めていた金塚が事務局長に就任。
【JSN】を設立当初から支える二人が今、久しぶりに机を並べて仕事をしています。
18年前、大卒2年目で入職した茂木統括施設長の経験や変化、成長にスポットを当て、「あの出来事があったからこそ、今がある」というエピソードを振り返ってもらいました。
「全然わかってないな」
悔しかった思い出
金塚:入職当時の話から振り返ってもらおうと思うのですが、19年前の気持ちで覚えていることはありますか?
茂木:対人援助職が初めてで、障害のある方への支援について、何も学んでいない状況で入職しました。同期8名の中でも一番若く、「自分に何かできることがあるのかな?」と思っていました。今、実習を受けて下さる企業さんと話す時には「訓練生とは普段通り接して下さい」と伝えているんですが、その頃の自分も「自分の発言によって訓練生をしんどくさせてしまったらどうしよう」と気にしていました。面談の翌日には、本人さんの顔を見て「大丈夫だな、体調崩してないな」と確認しながら支援をしていました。
金塚:そういう不安をどのようにして乗り越えていきましたか?
茂木:同期のスタッフと、とことん話をしました。ああでもない、こうでもないと、支援の仕方について遅くまで話し合った日々を覚えています。また、金塚さんもそうですが、就労支援の経験が豊富な先輩方に、多くのことを教えて頂きました。大先輩の話はとても難しくて、当時の自分がすべて理解できたわけではないと思うのですが、「勇気」や「熱意」をそこから学び取ることができました。
金塚:この業界のレジェンドとも呼ぶべき方々に来て頂き、色んな話をしてもらいました。
茂木:「君たちはすごいことをしているんだ!」と言い続けて下さった、田中次長の存在も大きかったですね。当時は【JSN】を外から支えて下さり、その後、入職して10年間、次長として我々を鼓舞し続けてくれました。
金塚:その頃のことで印象に残っているエピソードはありますか?
茂木:入職2~3年目のこと。ある研修の時に小林茂夫さん(元おしまコロニー地域生活支援センター 所長/元大阪市就労(雇用)支援センター 所長)から言われた言葉が印象的でした。懇親会の席だったと思うのですが「茂木くんは就労支援のことが全然わかってないな」と。腹が立ちましたが、それよりすごく悔しかったのを覚えています。
金塚:なぜ言われたか、今ならわかりますか?
茂木:上辺だけの言葉を並べていた自分を、見抜かれたんだと思います。それっぽいことを答えていた自分は、本質が抜けていた。ただ、入職1年目に言われていたら、そこまで悔しくなかったと思うんです。【JSN】も2年目に茨木が開所して実績が上がっていた中で、支援の手応えを感じていた頃だったので、余計に印象に残ってます。小林さんは今では「同志」と言って下さいますし、相談にも乗って下さいます。小林さんに教えて頂いたことは、とても大きいです。
金塚:他に印象的な出来事はありましたか?
茂木:僕が初めて企業開拓をおこなった、(有)奥進システムさんとの出会いはよく覚えています。同社はすでに身体障害の方を多く雇用されていました。精神障害の方の実習受け入れは【JSN】が初めてだったと思うのですが、奥脇社長がすごく丁寧に関わって下さいました。こんなにも親身になって下さる企業が世の中にはあるんだ!と、とても印象に残っています。
「地域」を意識し「全国」へ
理事のすごさを実感
金塚:企業と関わる中で、うまくいかなった経験はありますか?
茂木:入職3年目にジョブコーチになり、企業開拓に励んでいた頃のことです。開拓した企業に「なんとか就職させたい」という気持ちが強く、その業種を希望されている利用者さんを実習生として紹介する際に、ポジティブな情報だけを伝えてしまったことがありました。その方の課題や苦手な点こそが、会社が求めている情報だと今ならわかるのですが、都合の良いところだけを伝えて調整していたところ···1ヶ月も経たないうちに実習が中断になってしまいました。
金塚:その後、どうなりましたか?
茂木:利用者さんと企業さん、お互いにとってネガティブな印象しか残らない実習になってしまいました。企業さんは「精神障害者の雇用は難しい」と感じたでしょうし、利用者さん本人は自信を喪失してしまった。自分の思いが強く出過ぎてしまった出来事で、企業さんの社名は今でも忘れられません。その後は反省を生かし、どのような情報を企業側に伝え、どういう立場で間に入るべきか、強く意識するようになりました。
金塚:ジョブコーチの経験を経て、【JSN茨木】で主任になり、その後は副所長に就任。
茂木:当時、二期生や三期生で年上の後輩が入職してきたため、一期生のプライドを変に持っていました(笑)。外に出る機会が多く、なかなかみんなの中に入っていけずツンツンしていたなぁと。「主任として何かせなあかん」という意気込みが強すぎた時期で、いいエピソードが思い出せません。
金塚:どんどん就職者が出て、定着支援が忙しくなってきた頃ですよね。
茂木:その後、’13年に新大阪の副所長に任命された時にジョブコーチを退任しました。副所長の任命は「まさか自分が?」と、とても驚いたことを覚えています。同年に【JSN新大阪アネックス】の立ち上げも経験し、同時にアネックスの副所長も兼任することになりました。
金塚:当時は私が統括施設長として全事業所の所長という立場。各事業所には副所長を配置するという形で運営していました。
茂木:僕はそれまでは支援に専念していたのですが、マネジメント職を担うことになりました。新大阪では特に「地域」を意識するようになりました。その背景として、就任と同時期に淀川区の自立支援協議会就労支援部会が立ち上がり、部会長に指名されたことも大きかったですね。地域に向けた情報発信や、スタッフ向けの研修会、他区の部会と共同でイベントをするなど、さまざまな活動をおこないました。
金塚:この頃に二人で一緒に全国各地を周って「出前講座」をしましたよね。
茂木:「【JSN】のように他地域でも医療機関が主体となった就労支援が可能か?」というテーマで、調査に出向いたりもしました。
金塚:【JSN】のようなビジネスモデルは、大阪だからこそ成し得たのかな?と実感しました。
茂木:たしかに。全国を周ったからこそ、【JSN】を立ち上げた理事の先生方のすごさがよくわかりました。
型にはまらず挑戦
東京での3年間
金塚:その頃はA型事業所としてアクアクララ北大阪事業所を設立して、【JSN東京】を開所。勢いがあった時期でスタッフもどんどん増えてきて、茂木は’20年に統括施設長補佐に就任。ちょうどコロナの頃でした。
茂木:法人全体のことを考えるようになりました。ルールや制度の見直しをおこなったりしました。当時は金塚さんがずっと東京に行っており、情報の共有が難しかったことを覚えています。自分が判断していいのかな?と悩むことが多かった。
金塚:私はその頃の記憶があんまりないんですよ。コロナで人と会うことが極端に減り、誰と何を話したか覚えていない。ただ、茂木が大阪で一つひとつ丁寧に法人全体のことを見てくれていたので、安心感がありました。誠実で嘘をつかない。絶対に頼もしいトップになるだろうなと確信しました。その後、’22年に東京の所長に就任。東京での3年間はどうでしたか?
茂木:最初は「大阪に帰りたい」と思っていました(笑)。大阪を出て生活するのが初めてだったんです。
金塚:「僕、東京行きます。金塚さん帰ってきて下さいよ」と言ってくれたことをよく覚えています。私からは三つのことを伝えました。「東京で色んな人に会ってこい」「東京の次の所長を育てろ」ということに加えて、「好きにやってこい!」と。
茂木:東京で真っ先に感じたのは、知名度の低さ。大阪では【JSN】と言えばそれなりに名が知られていましたが、東京では同じ渋谷の方からも「いつからやってるんですか?」と言われることがありました。立ち上げから携わっていたスタッフは大変やっただろうな···と痛感しました。しかし、あまり知られていないぶん、型にはまらずに色々な挑戦ができた場でもありました。【JSN東京】として発信していく。大阪からの逆輸入じゃないですが、大阪の型をアレンジして「東京の支援の形を作ろう!」とスタッフとは話していました。
金塚:東京での3年間を経て、’25年4月に統括施設長に就任。今の抱負や心構えを教えて下さい。
茂木:来年度からは新たな事業計画がスタートします。これまで取り組んできたことを踏まえ、金塚事務局長と共に組み立ていきたいです。また、組み立てるだけでなく、その計画や方針が問題なく進むように【JSN】の各事業部、事業所を統括できればと思っています。各事業部や事業所にある異なるニーズをしっかりと汲み取り、各所属長と一緒になって取り組んでいきたいです。【JSN】の法人理念である「一人ひとりの人生を輝くものに」をベースに【JSN】が関わる当事者や企業、関係機関の方々はもちろん、スタッフにもイキイキと働いてもらいたい。「以前の自分よりも良い人生を【JSN】で実現できているな!」と思ってもらえるように、温かい法人にしていきたいです。
金塚:来年の20周年を見据え、さらに色んなところにどんどん出て行ってもらいたいですね。色んな人と会って話を聞いてほしいです。
茂木:普段は金塚さんとかしの木園で面と向かって仕事をしており、話を聞いてもらえるのが心強いです。体制的にも僕の下には障害福祉サービス事業部と地域連携事業部があり、各部長がしっかりと支えてくれています。とてもありがたいですし、甘えすぎていてはあかんな、とも感じています。





