2026年3月9日
わからない事をわかっていないと、わからない事はわからないです
今シーズンのドラマの中で、私が特に興味を持って見ているのが、NHKで放送されている「テミスの不確かな法廷」。発達障害のある裁判官を主人公にしたヒューマンドラマで、法廷という特異な舞台の中で、人の弱さや葛藤、そして誠実さが丁寧に描かれている作品である。
その中で、主人公が発する印象的なセリフがある。
「わからない事をわかっていないと、わからない事はわからないです」
言葉遊びのようにも聞こえる。だが、よく考えてみると、とても本質的な問いが込められている。
人には大きく分けて三つの状態があるのではないだろうか。
一つ目は「知っていること」。
二つ目は「知らないことに気づいていること」。
そして三つ目が「知らないことに気づいていないこと」。
支援の仕事をしていると、この三つ目の状態が一番やっかいだと感じる。
「知らない」「わからない」と自覚できている人は、自ら調べたり、人に尋ねたりして学ぶことができる。しかし、「自分はわかっている」と思い込んでいる場合はどうだろう。理解が十分でないことにすら気づけない。
自分が無知であることを知る。それは決して後ろ向きな態度ではない。むしろ、そこからしか本当の学びは始まらない。
「わからない事をわかっていない状態」では、成長もなければ、深い対話も生まれない。けれども、「自分はまだわかっていないのかもしれない」と気づいたその瞬間から、学びが動き出す。問いが生まれ、人に耳を傾け、世界の見え方が少し変わる。
本当に怖いのは「知らないこと」ではない。「知らないことに気づけない自分」なのかも。