JSN金塚事務局長のわくわくワーク JSN金塚事務局長のわくわくワーク
2026年1月29日

同志

大阪の西成で対人援助に身を置く、K氏がいる。彼の背中を見つめる私の感情は、羨望からいつしか悔しさへと形を変えた。

地元の人々と折り合いをつけながら、そこで生きる者たちの日常を守る営み。そして、制度を食い物にする者たちとの静かな正義の闘い。

そんな日々の中で紡がれた、一篇の詩がある。

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ひとりにしない

歌のあふれるアーケード

酒とつまみのモーニング

道路でも公園でも ワンカップ

 

根無し草と笑われても

ここで根を張る ここの人

 

ああ 西成 ひとり西成

ああ 西成 ひとりにしない

ひとり西成 ひとりにしない

 

ドヤで暮らして十年

いつか いつかと思ううち

ふるさとで知る顔は もういない

 

過去は問わないけれど

お国言葉は 隠せない

 

尋ね人の貼り紙

写る男を 羨み妬み

探される理由もなく

流れ着いた この場所で

最期まで やけっぱち

 

飲んでしまって すってんてん

アオカンは 体に悪い

ドヤのおかんに叱られる

「泊まっていき」

 

見ぬふりよりも おせっかい

助ける側も 助けられる側も

ここでは お互いさま

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就労支援は、生活支援の一部。大切なのは、彼らがこれからどんな暮らしをし、どんな人生を生きたいのか。

その「こうありたい」に寄り添い、実現するための伴走者であること。それこそが、私たちの仕事。

2026年1月19日

アレルギー

私たちが日常的に手に取る、ほとんどすべての食品の裏面には、原材料や添加物が細かく記載されている。これまでは、特に深く考えることなく買い物をし、当たり前のように調理して食してきた。しかし、身内にアレルギー反応が出て食事制限が必要になったことで、その「当たり前」が変わった。

エビやカニなどの甲殻類、さらには乳製品等も口にできなくなり、食材選びには常に緊張が伴うようになった。スーパーで商品を手に取るたび、必ず裏面を確認し、アレルゲンや添加物の有無を一つひとつチェックしなければならない。少しの見落としが体調不良につながるため、買い物一つでも神経を使う作業になった。

使える食材は限られ、食事のレパートリーも自然と少なくなる。作る側も工夫を重ねながら献立を考えるが、どうしても選択肢は狭まってしまう。一方で、当事者本人は「食べたいものが食べられない」という現実に直面し、強いストレスを感じている様子。食事は本来、楽しみや安らぎを与えるもののはずだが、制限があることでその喜びが奪われてしまうのは、とても切ない。

もうすぐすると、花粉症に悩まされている人も少なくない。くしゃみや鼻水、目のかゆみといった症状に毎年苦しめられ、日常生活に支障をきたすこともある。アレルギーという見えない問題は、食事や季節の変化など、さまざまな場面で私たちの生活に影響を与えている。やっぱ健康一番!!

2026年1月12日

意見交換

先日、茨木市議と茂木統括、横田所長、金塚の5人で地域の現状について意見交換を行う機会があった。市議のもとには、日々さまざまな住民からの相談が寄せられており、その内容は生活に密着した身近なものから、制度や仕組みが絡む複雑な課題まで多岐にわたるという。中には、すぐに解決策を見いだすことが難しい問題も多く、現場の声をどう行政につなげていくか、常に模索されている様子であった。

そうした中で、市議は「地域を知る」ことを大切にし、少しでも具体的な対応につなげられるよう、専門機関への視察を積極的に行っているとのことだった。その取り組みの一環として、「茨木市障害者就労支援センター かしの木園」にも訪問いただいたことがあり、今回の意見交換はそのご縁から実現した。

かしの木園は指定管理を受け、茨木市の機関の一つとして活動している。そのため、就労支援に関する相談だけでなく、生活面や福祉サービス、将来への不安など、就労以外の幅広い相談が寄せられるようになってきている。こうした相談内容からも、障害のある方やその家族が地域で暮らし、働き続けるためには、就労支援だけでなく、地域全体で支える仕組みが必要である。

意見交換では、具体的に「引きこもり」をひとつのテーマに話し合うことができた。今後、かしの木園が小さな核の一つとして地域に根づき、関係機関や住民と連携しながら役割を果たしていくことの重要性を共有し、意義のある時間となった。

 

 

2026年1月5日

時の流れ

あけましておめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願い致します。

2025年は仕事でも私生活でも、振り返ればノート一冊書き上げれるくらい、いろんなことがあったはずなのに、気づけば「え、もう一年?」とつぶやいている自分がいる。
年を重ねるごとに、時の流れはまるでスピードを上げて駆け下りていく感覚。

なぜ子供の頃より、こんなにも時間が早く感じるのでしょう。
大人になると毎日が「いつもの一日」になりがちで、時計の針も淡々と進んでいく。

一方、子供の頃は、遠足の前日は眠れないほどワクワクして、誕生日までの一週間は永遠にも思えた。楽しみがたくさんあって、その楽しみを心の中で何度も味わいながら「まだかな、まだかな」と待つ時間が、実はとても贅沢で、ゆっくり流れる時間そのものだったんだと思う。

時間の速さが変わったのではなく、私たちが時間と向き合う姿勢が変わっただけ。

2026年は日常の中に小さな「楽しみ」を仕込み、少しだけ時間の流れを緩められたらと思う!!